Sep 8 2003 Gone With The High Score Part 1 -BEND IT like EVEZOO-
 前回のテスト記事ではゲームを取り巻く昔の子供社会みたいな話になってしまいましたが、今回はちょっと時代が進んでいます。とはいえゲーセンだけのコミュニティやルールは存在しましたし、ガキならではの行動原理も書いています、その辺を自分がまだまだガキンチョだった頃をよーく思い出しながら相づちを打ったり、否定しながらお楽しみください。


※ 折角なんでなるべく現在でも何らかの形でプレイ可能、もしくはゲームサウンドを聴くことができるゲームを話題にしようと心がけておりますが、70年代、80年代のものではプレイ不可っていうタイトルもあります。予めご了承ください。

※ 話が古いだけに間違い、勘違いが多々含まれていると考えられます。そこはホレ、強く突っ込まないで温かい目で指摘してやってください。

※ タイトルの意味が分からないというご指摘がありました。名作映画「風と共に去りぬ」の英題「Gone with the Wind」からのパクリです。「ハイスコアと共に去りぬ」てか?





 本編の前にちょっとだけリフレインします、小学校を卒業するまでにいろんなゲームを駄菓子屋に入荷する範囲でプレイしたんですが、その頃飽きもせずにプレイを繰り返したゲーム達を紹介します。


ブロック崩しの派生と言っては失礼?、「サーカス サーカス」(ユニバーサル 1978年)
 風船にはじき飛ばされ劇的にコースが変わるのに難儀しました。確かクローン(ライセンス版?)もありました。

UFOを自機の体当たりで倒す、「ギャラクシーウォーズ」(ユニバーサル 1979年)
 クリアすると定期的にメッセージが出るので、どこまで見たかってことが話題になった。たしかSFC版があった。

何度テーブル筐体に手をぶつけたか、「シェリフ」(任天堂 1979年)
 チャンネルで8方向に撃ち分ける操作に動揺しました。(任天堂も昔はアーケードゲームをやってたんだよ)

 などなど、オリジナル、派生、クローンも合わせたら一体何種類のゲームをやったのかはよく分かりません。この頃のゲームのエピソードってホント無尽蔵に出てくるんですよね。(この辺の話はまたいつか)

 あまり漫画は読まなかったのですが「ゲームセンターあらし」なんかもこの時期じゃなかったかな?
(補足:1978年から1983年までの連載だそうです。詳しくはコチラ


 そして白黒、単色カラーの時代は終わり、本格的なカラーと企画力がゲームの本質を決める時代へと突入しました。





 Introduction [I]

 80年代、オイラの町に3つも直営店がオープンし、ナムコ、セガ、タイトーという「ゲームメーカー」を意識してプレイする時代になってきたんです。

 が、そこは田舎、、、このころの直営系ゲームセンターはむちゃくちゃでした。

 都会なら発売日にリリースって話ですけど、なにせドが付く田舎なもんでリリース日にマシンが来たことはなく、来たとしても県内でもインカムが期待できる観光地の店が優先、んで入れ替えで余った機種がオイラの町へ、オイラの町でインカムがいいと観光地の店のインカムがよくない機種と交換という人権無視のローテーションが行われていたんです(笑)
(インカムっていうのは売り上げって意味です、転じてゲーム機単体の売り上げって意味で使ってました)

 そんなこんなで、やり込む前になくなったり、忘れた頃にやってきたりっていうタイトルが多かったです。


 今回の話はその直前、
“直営店オープン前夜”というところです。




 Main Episode [ME]


 その頃、一番遊びたかったのが「ゼビウス」(ナムコ 1982年)

 言わずと知れた名作ですよね、ゲーセンで大ヒット、ファミコン黎明期の本体売り上げにスーパーマリオと共に貢献し、今もなおプレステ、パソコンに移植されプレイすることができるビッグタイトルです。

 ゲームの説明は要らないかな?、でも簡単に説明します。

 グラデーションを駆使した美しいグラフィックで表現された従来のシューティングにはなかった空中と地上への撃ち分けで敵を倒し、全16エリアを進みます。途中には大型キャラクタ“アンドアジェネシス”が登場し展開は一気に緊張することに。さらに、“ソル”、“スペシャルフラッグ”といった“隠しキャラ”が長きに渡ってプレーヤーを飽きさせない要素となりました。

 また、このゲームにはバックグラウンドストーリー“ファードラウド”なるものがプランナー“遠藤雅伸”氏によって描かれ、ゲームファンだけでなくSFファンも取り込んだ不思議なゲームの時代を演出しました。


 ファンによる“ゼビウス1000万点への道”なる同人誌がナムコ直営系店を中心に出回り、プレーヤーコミュニティというものが形成され始めたのもこの頃です。


 当時オイラはこういった情報を電波新聞社の「マイコンベーシックマガジン」という雑誌で得ていました、今や通称「ベーマガ」も休刊だそうで時代ってモノを恨めしく感じます。(正確には付録のスーパーソフトマガジンっていう冊子にゲームの情報は掲載され前出のファードラウドも掲載されました)

 “ちょっと”のつもりがずいぶん文字数使いましたね(笑)。そのくらいの衝撃だったんですよ、当時このゲームの登場は。



 さてさて、この頃はと言いますと繁華街に直営店ができる直前くらいです。
 オイラはどうしてもこのゲームがやりたくて休み時間にある計画を立てておりました。

 「K町にゼビウスがあるらしい」

 どこから聞いてきたのか友達の一人が噂話をオイラに聞かせてくれたんです。

 「まじかいっ!」
 「おうマジマジ、それとマッピーもあるらしい」
 「へー」

 この時、友達はゼビウスよりマッピーの方がやりたかったみたいなんですね、それというのも実はゼビウスをプレイすることは比較的近場のデパートのゲームコーナーでできたんです。
 ただし、ゼビウスではなく“バトルス”、、、デッドコピー品だったんですね。

 やっぱり、やっぱり、“本物(オリジナル)がやりたいっ!”て思ったわけです。


 ここに、N市からK町まで往復40kmゼビウスの旅(人によってはマッピーの旅)が始まったわけです。

 今考えてみればかなり無謀だったような気がします、当時は校則に「自転車で学区を出てはいけない」っていうのがありましたし、知り合いの大人に見つかれば叱られたでしょう。実際、親に「XXさんが、アンタを国道で見たって言われたよ」と告げ口されてアセったことがありました(笑

 しかも、計画の発端が噂話ですから、、、。当時は何を信じていたんでしょうね?


 当時N市と他の市町は1本の国道でしか結ばれていませんでした。
 そこは大型トラックの行き交う危険な道で、整備が遅れ、歩道はなく、K町までの道中、場所によっては国道とは思えない細いところもありました。(現在もそうだったりする(笑)


 決行の朝、親にはなるべく普段の日曜日と変わりない絶妙なトークをしながらいそいそと着替えを済ませます。(“いそいそ”ってところでばれそうなもんですが(笑)
 なんとか家を出ると待ち合わせ場所に直行します。

 「遅せーよ」
 「わりぃ」
 なんて、ガキが“わるさ”を始める前の挨拶もそこそこ、国道をひた走りはじめます。


 疲れてくると、

 「まだぁ?」

 「もうちょっと・・・」

 こんな会話が幾度となく繰り返され時間はちょっと遅い昼飯の時間。
 休むことを知らないガキはひたすらペダルを漕ぎます。
 休んでジュースを飲む金と時間があったら迷わずゲームに突っ込みます(笑


 “お昼には帰ってきなさいよ”という母との約束をふと思い出して少し罪悪感にとらわれたりしてた頃、

 「あっ、あそこ、、、」

 「えっ?着いたの?」


 そこは雑貨屋と棟続きでゲームのコーナーがあり飲み食いとゲームが一緒にできる、言ってみれば“巨大な駄菓子屋”。
 肝心の中は、テーブル筐体が並ぶ立派(?)なゲームコーナーになっていました。

 「あった!」
 先に目当てのゲームを見つけたのは友達でした、早速「マッピー」にコインを投入、すると心地よいクレジット音が、スタートボタンを押すとそれまでの電子音とはかけ離れた“音楽”が流れ始めました。

 じゃ次はオイラの目当ての、、、とは行きません。そこはガキでございます。ちゃっかり他人のプレイを眺めながら自分もプレイした気になります。最後まで見なきゃ損ですから。ビンボくさー(笑)



 何度かプレイする内に友達はボーナスステージをクリアしていました、ここまで見ればもう充分です。
 今度こそ目当てのゼビウスを、、、。

 「あった、、、本物だ」
 アトラクト画面には「XEVIOUS」と「namco」の表記、すぐに本物だと分かりました。

 コインを投入してスタートボタンを押す。

 何処かの誰かから仕入れた知識でスタートと同時に自機“ソルバルウ”を画面右に寄せて対地攻撃を開始、爆発音と共に現れたメッセージは「Please enjoy this game,,,」ではなく「
namco ORIGINAL program by EVEZOO」(どっちもうろ覚えです)。

 “感慨に耽る”という言葉はガキの頃のオイラの頭にはありませんでしたが、今、表現するならこの言葉が適当でしょう。


 その場所で親に怒られずに帰宅できるギリギリの時間まで本物を楽しみました。

 帰ってきても“店が本当にあった”ことと“本物が遊べた”ことを思い返して興奮しました。




 それから数週間に渡って日曜日には
“旅”をするようになるのですが、この“旅”は突然終わりを迎えます。


 巨大な駄菓子屋は棟続きの雑貨屋も含めて閉店してしまったんです。


 何もない店内を見渡してそこまで自転車でやってきた疲れと失意で帰りの道のりは長かったように思います。

 「もう遊べないのかな・・・」





 でも、それから次の日曜日、
 もっと近いところで本物を遊ぶことができるようになったんです。


 予告されていたわけでもないし、噂もなかった、本当に唐突にその日がやってきました。



 ナムコの直営店がオイラの町にオープンしたんです。

 本当に嬉しかった。


 この日からオイラの幸せな(と言っていいのか?)ゲーム生活は幕開けたのでありました。


 End of Episode[EOE]






 Sequel [The Days After]

 最後に「K町にゼビウスが、、、」の噂を持ってきてオイラを
“旅”に連れていった彼ですが、十数年後に飲む機会があったので聞いてみました。

 の真相は、親の車で偶然そこを通った時にマッピーのポスターが見えたので「よし、今度自分一人で行こう」と思ったのだが心細かったのでオイラを誘ったとのこと。

 「絶対に『行く』って言うと思った」とは後の彼の談。

 素直に「見た」って言えばいいのに、ガキだった彼の発想もアレですけど当時から見透かされてたオイラの方がもっとアレですね(トホホ
− 彼とは腐れ縁と言いましょうか、この後
“もっととんでもない旅”へと誘われるんです。(こっちはあんまりゲームとは関係ないですが、悲惨です)





 いつまでもテスト記事じゃ、ってことで1回目を掲載しました。(実は1回目を先に書いていたんでね)

 田舎のガキがぶっ壊れてましたという身も蓋もないあとがきでもいいのですが、こういった話に共感できたり同じような体験をした人っているのかな?もしいらっしゃったらコッソリ(別にコッソリでなくてもいいです)教えてください。

 またここに掲載された当事者からは一切苦情は受け付けません、が、株式会社ナムコと間違いを指摘される方の苦情は受け付けます。


以下補足です。(あんまし必要ないかも)
移植作は、
    
 左からプレステならナムコミュージアムVOL2、THE BESTでも販売されてますので入手も容易です。真ん中はメディアカイト社からULTRA2000のシリーズでウインドウズ版のゼビウス、右は同じウインドウズ版ですがちょっと古いNAMCO HISTORY VOL.1でゼビウスに加えて84年に発売されたスーパーゼビウス(「ガンプの謎」ではありませんよ)を遊ぶことができます。ただし、97年の発売なので店頭での購入は難しいでしょう。

音楽だけで、って方はCDも再販されてます。
SCDC-00003 SCDC-00272
 左は言わずと知れた世界初のゲーム音楽アルバム「VIDEO GAME MUSIC」です。再販版はアルファではなくサイトロンからなのでご注意。右は最近発売された80年代のナムコのゲーム音楽をゲームファン向けに集めた「NAMCO ARCADE 80's」こちらもサイトロンです。(どの辺がファン向けかというとBGMの中に効果音が入っていません)

ゼビウス未体験って方、かつて燃えきれなかった方、どうですか?80年代、田舎のガキが衝撃を受けたゲームですよ。